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神戸地方裁判所 平成5年(ワ)399の7号 判決

神戸市〈以下省略〉

原告

右訴訟代理人弁護士

井関勇司

右同

後藤玲子

井関勇司訴訟復代理人弁護士

内橋一郎

大阪市〈以下省略〉

被告

コスモ証券株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

鎌倉利行

右同

檜垣誠次

右同

鎌倉利光

主文

一  被告は、原告に対し、金四七万円及びこれに対する平成五年三月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その四を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は原告に対し、金二九七万七八〇〇円及びこれに対する平成五年三月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が被告の違法行為ないし被告の従業員の違法な勧誘によりワラントを購入した結果、未売却のワラントの購入代金合計相当額(金二九七万七八〇〇円)の損害を被ったとして、民法七〇九条又は同法七一五条一項、七〇九条に基づき、右損害の賠償を求めた事案である。

一  前提となる事実

以下の事実は、当事者間に争いがないか、各項末尾掲記の証拠によって容易に認められる。

1  当事者

(一) 原告(明治四四年○月○日生)は、平成元年当時七七、八歳の女性であり、旧制女子専門学校を卒業後、Bと婚姻し、婚姻後は専業主婦として家事に携わり、Bの死後は主としてその遺産で暮らしており、職業に就いたことはなかった(甲A四、原告本人)。

(二) 被告は、肩書地に本社を有し、有価証券の売買等の取引を行う総合証券会社である。

C(以下「C」という。)は、昭和五五年四月に当時大阪屋証券であった被告に入社し、昭和六二年一二月から被告神戸支店に配属され、それ以来平成二年五月に転勤するまでの間、原告との取引を担当していた。Cは、現在被告姫路支店において課長代理の職にある(乙一二、証人C)。

2  原告の投資経験

原告は、昭和三八年ころから当時の大阪屋証券である被告と、昭和四七年ころから大和証券株式会社(以下「大和証券」という。)と、昭和六〇年ころから岡三証券株式会社(以下「岡三証券」という。)とそれぞれ証券取引を開始し、それ以来自己名義及び親族名義で株式、転換社債、投資信託等の証券取引を継続していた。

3  原告の本件ワラント取引

原告は、平成元年四月二一日以降、被告神戸支店において、Cを介して別紙「ワラント取引状況」記載のとおりの各ワラント(以下、順に「ウシオ電機ワラント、三菱電機ワラント、トーア・スチールワラント、合同製鉄ワラント①、ダイヘンワラント、ソニーワラント、合同製鉄ワラント②」という。原告が右各取引により購入したワラントをまとめて「本件ワラント」ともいう。)の購入並びにこのうちウシオ電機ワラント、トーア・スチールワラント、合同製鉄ワラント①、ソニーワラントの売却の取引を行った。

三菱電機ワラント、ダイヘンワラント及び合同製鉄ワラント②については、売却しないまま権利行使期間が経過した。

本件ワラントの購入時に原告が支払った代金の合計額から、ウシオ電機ワラント、トーア・スチールワラント、合同製鉄ワラント①、ソニーワラントの売却時に原告が受領した代金の合計額を差し引くと、金二三六万〇六四四円となる(乙六の1~28、七の1~12、一一、証人C、原告本人)。

二  主要な争点

1  ワラント取引勧誘自体の公序良俗違反の有無(争点1)

2  本件具体的勧誘行為における違法行為の有無(争点2)

(一) 適合性の原則違反の有無

(二) 説明義務違反の有無

(三) 情報提供、助言義務違反の有無

3  原告の損害(争点3)

三  争点に関する原告の主張

1  ワラント取引の背景には、次のような危険性、問題点がある。

(一) 証券会社の優越的地位

証券会社は免許制であり、必要な基準や条件を充たして免許を受けた証券会社は、その存立の根本からして専門的基盤を有しており、証券取引についての知識、経験、情報の収集、利用、判断すべての面において、一般投資家に比してはるかに優越した地位にある。

(二) 顧客の証券会社に対する信頼

一般投資家は、公的な免許を取得して証券業を営む証券会社は公正かつ誠実な業務遂行を行うものと信頼している。

(三) ワラントの新規性、非周知性

ワラントは、株式や社債などの旧来の金融商品とは全く異なる商品構造を有し、昭和六一年一月一日から外貨建てワラントの国内での取扱いが解禁されたものであり、市場そのものにとって未経験の商品であった上、新聞等に掲載されるようになった平成二年ころまで、一般投資家が目にしうる雑誌、新聞等にはワラントに関する記事はほとんどなかった。

(四) ワラントの超ハイリスク性、難解性

ワラントには、価格変動は基本的に株価に連動するもののその数倍の値幅で変動する性質(ギヤリング効果)を有すること、権利行使期間の経過により無価値になること、権利行使期間内でも無価値になることがあること等の危険性がある。

また、その商品構造は非常に難解かつ複雑であり、これを一般投資家に理解させるのは容易ではない。

(五) 証券会社にとっての構造的うまみ

証券会社は、ワラント債発行に際して、幹事会社として発行業務を主催することにより発行手数料を、ワラント債発行により引き受けた外貨建てワラントを一般投資家に売却する際に売買益を、ワラント債発行により資金調達した企業が資金運用のために証券投資するに際して売買手数料を、それぞれ手にすることができる。

(六) 公正な価格形成が制度的に保障されていないこと

外貨建てワラント取引は、顧客と証券会社との相対売買であって、価格形成過程は不透明であり、公正な価格形成が制度的に保障されていない。

(七) 価格の周知方法が講じられていないこと

外貨建てワラントの価格情報は、平成元年四月までは新聞紙上等に一切公表されておらず、それ以後も、平成二年九月ころから日本経済新聞等に限定された銘柄の気配値がポイントで表示される程度で、一般投資家の投資判断材料としての価格情報は全く不十分であった。

(八) 証券の内容が一般投資者には全く理解不能であること

外貨建てワラントは、その原券自体入手することが困難である上、その証券券面は、全文が専門的英語で記載されており、一般投資家が自ら読解することは不可能であった。

(九) 実質的な国内募集、売出しであること

本件の外貨建てワラントは、形式的にはヨーロッパ市場で発行されたものであるが、その全部又はほとんどが計画的に直ちに日本で消化されており、実質的には国内発行と同視できるものであって、大蔵大臣への届出や目論見書の作成等の証券取引法上の規制の潜脱行為である。

2  ワラント取引自体の公序良俗違反(争点1)

外貨建てワラントは前項で述べたとおり欠陥商品といっても過言ではない証券であるにもかかわらず、証券会社は、その構造的うまみに目を付け、証券取引法を潜脱し、証券会社と一般投資家との証券取引の知識、情報量の圧倒的差異を利用して、一般投資家の利益を顧みずに外貨建てワラントを大量かつ強引に売りさばいたのである。

このような勧誘、販売行為は、社会的に許容された相当性を逸脱し、公序良俗に反する違法な行為である。

3  本件具体的勧誘行為における違法行為(争点2)

(一) 適合性の原則違反

(1) 証券会社は、顧客の資力、能力、意向に適合した投資勧誘を行うべきである(適合性の原則)。

前記(第二の三1)のようなワラント取引の問題点、危険性を考慮すると、ワラント、特に外貨建てワラントについては、自らワラント取引の仕組みとリスク、適正価格等について積極的に研究するだけの能力と意向を有し、ハイリスクに耐え得るだけの資金的余力を有するような投資家、すなわち機関投資家や大手会社の財務部門、特殊な個人投資家等投資のプロのみが取引資格者といえるのであり、原告のような一般投資家にワラント、特に外貨建てワラントを勧誘することは、適合性の原則に違反する違法な行為である。

(2) 原告は、株式の現物や投資信託の取引経験はあったものの、情報は専ら担当者からの電話によって得ており、自ら主体的に情報収集したことは全くなかった上、ワラントはこれらの商品と多くの点で異なる商品性を持ち、取引態様も異なるから、平成元年当時七七、八歳と高齢であった原告が新たにワラントについて理解することは到底無理であった。被告は、原告が過去に信用取引を行ったことがあると主張するが、右取引は被告担当者が原告に無断で行っていたものであり、後に被告が全面的に損失を引き受けることで決着が付いた。また、原告は夫の遺産を運用し、老後に備えるために証券取引を行っていたのであって、常に被告従業員に対して安全確実な取引をするように言っていた。

以上によれば、原告Xがワラント取引の不適格者であることは明らかであった。

(二) 説明義務違反

(1) 前記(第二の三1)のようなワラント取引の問題点、危険性を考慮すると、証券会社は、顧客をワラント取引に勧誘するに際しては、取引開始時に取引説明書を交付し、直接口頭でワラントの商品構造、取引形態や危険性等につき本人に分かるように説明し、本人がそれを理解してリスク等につき納得したことを確認する作業として確認書を受け取る義務がある。そして、個別のワラントの勧誘に際しては、当該ワラントの具体的内容を説明する義務がある。

(2) Cが原告を初めて本件ワラントの取引に勧誘した当時、被告では取引説明書が用意されておらず、原告は取引説明書の交付を受けていなかった。確認書は、最初のワラント取引の三か月も後に取引説明書の交付なくして徴求されたものである。また、Cは原告に対し、午後八時前後の時間帯に一、二分間から五、六分間の電話で「三菱電機がもうかりまっせ。」、「ダイヘンがよろしい、もうかりまっせ、これを買いましょ。」、「合同製鉄、これはもうけが大きい。」などとワラントの購入を勧誘したものであるが、その際、利益のあることのみを強調し、ワラントがハイリスクであること、権利行使期限があり、右期限を過ぎれば無価値となること、相対取引であること、価格情報の入手方法につきなんら説明することはなかった。Cは、原告が他の証券会社との間でワラント取引をしていたことを知ったとしても、他の証券会社からどの程度ワラントについての説明を受けているか確認すべきであったが、そのような確認もしなかった。

また、Cは、個別のワラントの勧誘に際しても、必要とされる情報をなんら伝えることはなかった。特に、三菱電機ワラント及びダイヘンワラントは、原告が購入した当時マイナスパリティワラントであったのであり、このようなワラントを購入することの危険性について説明を受けていれば、原告は右各ワラントを購入するはずはなかった。また、合同製鉄ワラント②(三〇・五ポイントで購入)は、買付け後約三か月間ほどは価格が低迷していたものの、平成二年五月末より値上がりし、同年九月には五二ポイントをつけるまでになっていたのであるから、右ワラントについて利益を得て売却するチャンスはいくらでもあったはずなのに、Cが原告に対して右ワラントの価格の連絡や適切な売却についての助言をなさなかった結果、原告は売り時を失ったものである。

よって、Cの勧誘に説明義務違反のあることは明らかである。

(三) 情報提供、助言義務違反

ワラントの価格形成要因が極めて複雑であること、ワラントの価格の開示が不十分であること、顧客と証券会社との情報量、知識、分析力の格差を考慮すれば、証券会社は顧客に対し、推奨して購入させたワラントについて情報提供及び助言をすべき信義則上の義務がある。

しかるに、Cは、原告Xに対し、三菱電機ワラントが横這い又は下降する値動きをしていることを知らせなかった。原告が右ワラントの処理についてCに相談していたとしても、Cは売却を勧めるべきであったにもかかわらず、権利行使期間内に値上がりするとの助言をしたことにより、結局原告は右ワラントを売却することができなかった。また、Cは、前記のとおり、合同製鉄ワラント②が値上がりした際も、原告に対してこれを知らせずに放置したため、原告は右ワラントの売り時を失った。

よって、Cの情報提供、助言義務違反は明らかである。

4  被告の責任

以上のCの違法行為は被告の営業行為そのものであるから、被告は民法七〇九条により不法行為責任を負うし、また、Cの違法勧誘行為は被告の事業の執行につきなされたものであるから、被告は同法七一五条一項、七〇九条により使用者責任を負う。

5  損害(争点3)

原告は、被告又はCの右不法行為により、合計金二九七万七八〇〇円で三菱電機ワラント、ダイヘンワラント及び合同製鉄ワラント②を購入し、これらについては売却することができないまま権利行使期間が経過したから、右購入額が損害である。

四  争点に関する被告の主張

1  ワラントについて

ワラントは、企業の資金調達手段及び国民の資産運用手段の多様化を図ることを主たる理由として、昭和五六年の商法改正で制度化されたものである。

ワラントは、権利行使株数分の株式購入代金をはるかに下回る購入代金の支出によって権利行使株数分の株式を取得する権利を取得するものであり、その株式が値上がりした場合には、権利行使株数分の株式全部についてのキャピタルゲインを取得しうる一方で、その株式が値下がりした場合にも、損失額は最大限でもワラント購入額に限定され、権利行使株数全部の株式の買付けに要する金額全体についての値下がりリスクを負わなくて済むこと、ワラントの権利行使期間は四年ないし六年と信用取引に比べて長期であり、キャピタルゲインを取得する機会が多いことなどのメリットを備えた商品であり、原告の主張するような危険性のみを有する商品ではない。

2  本件具体的勧誘行為における違法行為の有無(争点2)について

(一) 適合性の原則違反の有無について

原告は、被告神戸支店において、昭和三八年ころから証券取引を開始し、株式、投資信託、社債といった各商品に資産を分散して投資していたほか、多額の信用取引をいわゆるセミプロのように行っており、昭和六二年一二月当時被告に対し金一億円程度を預託していた。そして、原告は、被告のほか、岡三証券、大和証券、野村証券株式会社とも証券取引を行っていた。

原告は、最近でも二日に一度くらいの割合で被告神戸支店に来店する熱心な顧客であり、商品や銘柄に関しても担当者に詳細な資料、情報の提供を求め、自身が十分に納得してからでないと取引せず、逆に担当者が不勉強をなじられることもしばしばあった。

本件ワラントの取引は、原告から積極的に希望して行われたものであり、その際原告は、既に他社でワラント取引を経験済みで、ワラントについてよく知っている様子であった。

原告が被告で購入したワラントの代金は最大で約金一八〇万円であり、この程度の投資は、原告にとってわずかな金額にとどまるものであった。

(二) 説明義務違反等の有無について

原告は、平成元年四月二〇日に被告神戸支店に来店してCと面談し、「ワラントは儲かるのか、あんたのとこでもできないのか。」などと述べたため、Cは、原告に対して被告でもワラントを取り扱っている旨を伝えるとともに、ワラントについての詳しい説明を約一時間にわたって行った。右説明の後、原告から「ウシオ電機はどうか。」という質問があり、Cが資料を示しながらウシオ電機の業績や株価、ウシオ電機ワラントの発行条件などから同ワラントが有望である旨を話し、その購入を勧めたところ、原告は「一日考えてみる。明日もう一度株価やワラント価格を連絡して欲しい。」と指示して被告神戸支店を出た。翌日Cが原告に電話連絡を入れ、株価やワラント価格を伝えたところ、原告が息子であるD(以下「D」という。)名義でウシオ電機ワラントを買い付けることを決定したのである。

Cは、右買付けに先立ち、原告に対し、ワラントの値動きが株価に連動しているが値幅は株価に比べてはるかに大きいことについて具体的な数字を示して説明したほか、パリティや権利行使期間の意味、為替の影響などについて具体的に説明した。その後の個別のワラントの取引に際しても、当該銘柄が有望であると思われる理由や当該銘柄の株価、ワラントの権利行使価格、権利行使期限などを詳しく原告に伝えていた。原告自身もワラントについては以前からある程度知識を有していた様子で、Cが右説明をした際、ワラントの価格がポイントで表示されることのほか、ワラントの値動きが激しいことや、権利行使期間、権利行使価格、権利行使株数については既に知っている旨を述べていたのであって、原告との取引の際に説明が不足していたなどと非難される理由は全くない。

Cは、Dに対して平成元年七月一五日に、原告に対して平成元年一二月二〇日にそれぞれ直接面談してワラントに関する取引説明書や確認書の受渡しをした。

(三) 情報提供、助言義務違反の有無について

原告は、Cと面談する度に三菱電機ワラントに関して「権利行使期間中に行使価格を上回る局面が来るのか。」という趣旨の質問、不満を述べており、Cとしては、他のワラントが値上がりしていることを伝えたり、適宜売却を勧めて現実益を出したりしながら、三菱電機ワラントについては「権利行使期間がまだあるので、もう少し持っていて欲しい。」という話をして原告の理解を得ていた。

Cが転勤してフロントの女性が原告の担当者になった後も、ワラントを含むすべての手持ち銘柄の値動きは常時原告に伝えられていた。合同製鉄ワラント②について売り時を失って無価値になったのは、原告の相場観によるものである。

第三争点に対する判断

一  ワラントについて

証拠(甲一五の1、2、一六、一九、二〇、四〇~四七、五七~六〇、乙一)並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

1  ワラントの意義

ワラントとは、新株引受権付社債(ワラント債)の社債部分から切り離され、それ自体で独自に取引の対象とされる新株引受権ないしこれを表章する証券のことであり、発行会社の株式を予め定められた期間(権利行使期間)内に、予め定められた価格(権利行使価格)で、決まった数量を購入(引受)できる権利又はこの権利が表章された証券である。

2  ワラントの特徴

(一) ワラント価格は、理論的価値(パリティ)と株価値上がりへの期待(プレミアム)からなる。

ワラントの理論的価格は原則として株価に連動するが、その変動幅は株価のそれより大きい(ギヤリング効果)し、またプレミアム部分も不安定である(価格変動リスク)。

(二) ワラントは、発行時に定められた権利行使期間を過ぎると権利行使できなくなり、その価値がなくなる(権利失効リスク)。

また、権利行使期間経過前でも株価が権利行使価格を超える見込みがない場合には価値がなくなり、その可能性は、権利行使期限が近づくにつれて高くなる。

(三) 外貨建てワラント価格は、為替変動の影響を受ける。

(四) ワラントは、平成元年ないし二年当時、比較的新しく、周知性の低い商品であり、また、外貨建てワラントの取引形態は、証券会社と顧客との相対取引であり、価格形成の不明朗、価格情報の不足、売却が困難な場合があることなどが指摘されている。

3  ワラントの特徴として以上の各事実が挙げられるところ、このうち重要なのは、価格変動リスクと権利失効リスクであり、ワラント取引は、株式の現物取引に比べてはるかに大きな利益をもたらす場合もあれば、逆に投資額全額の損失をもたらす場合もある(ハイリスク、ハイリターンな取引)。

二  ワラント取引自体の公序良俗違反の有無(争点1)について

ワラントは、前項のような特徴を有し、大きな危険を伴うものではあるが、商法が分離型新株引受権付社債の発行を認め、証券取引法上もワラントの取引が予定されていること、少ない投資額で大きな利益を得る可能性があり、生じ得る損失も最大限で投資額に止まるという点で金融商品としての合理性を有すること、前項のようなワラントの特徴も説明を受けることなどにより一般投資家にとって理解可能であると考えられることからすると、一般的に、証券会社が一般投資家を対象として行うワラント取引それ自体が公序良俗に反するものとは認められない。

そして、本件全証拠によっても、本件ワラント取引それ自体について、これを公序良俗に反する行為と認めることはできない。

三  本件ワラントの取引経過等について

1  前記「前提となる事実」に証拠(甲A一~九、乙一、二、六~八、一〇~一八、二〇の1~20、二二~三七、四三~六九、証人C、原告本人)を総合すると、以下の事実が認められる。

(一) 原告の証券取引一般について

(1) 原告は、昭和三八年ころ、当時の大阪屋証券である被告と、昭和四七年に大和証券と、昭和六〇年に岡三証券とそれぞれ証券取引を開始し、それ以来、自己名義並びに長男E、その妻F及び次男Dその他の親族合計約一〇名の名義で、国内株式、海外株式、投資信託及び転換社債等の取引を頻繁に行っていた。原告は、平成元年当時、被告に対して約金一億円、大和証券に対して約金二〇〇〇万円を預託しており、昭和六二年から平成二年までの間のコスモ証券、岡三証券及び被告における株式、投資信託、転換社債及びワラントの買付け合計額は、金九億円を上回っていた。

(2) 被告の原告名義の口座では、昭和四〇年前後及び昭和六二年ないし平成元年ころに株式の信用取引がなされている(原告が主体的に行ったか、被告担当者が無断で行ったかについては争いがある。)。右昭和四〇年前後の信用取引では大きな損失が生じており、この出来事から、原告は信用取引の危険性を十分に認識した。

(3) 原告は、証券会社の担当者が勧める銘柄については、担当者に対し質問をするなどして慎重に検討し、有望な銘柄であると納得してはじめて購入を決定し、納得しない場合には購入しないのが常であり、勧誘に応じるよりもむしろ断ることの方が多かった。また、原告の方から銘柄を指定して注文することはもとより、担当者に対し他社から勧められた商品について意見を求めることもあった。原告は、担当者が交代した場合、すぐには新しい担当者の勧めに従って商品を購入することはなく、しばらく様子を見てその担当者が信頼できると思えるようになってからその勧めに従って商品を購入するようにしていた。

また、原告は、株式等の商品を購入した後、本券を証券会社に預けておくと悪用されると考えており、預り証の交付を受けるとほとんどの場合は証券会社から本券を出庫し、これを貸金庫に保管していた(稀に預り証を家で保管することがあった。)。

(4) 原告は、週に二、三回、三宮及び元町近辺の散策の途中で被告神戸支店や大和証券神戸支店に立ち寄り、カウンターにいる女性従業員と世間話をしたりするほか、株価等の情報を収集したり代金や預り証等の受渡しを行い、担当者と面談することもあった。

(5) 原告は、本件ワラント取引を開始する前に大和証券において伊藤ハムワラントの取引(昭和六一年四月一〇日及び同年五月二九日に代金合計金一六八五万三七六〇円で購入、昭和六二年二月五日に金一三二二万七〇四九円で売却、金三六二万六七一一円の損失)を経験していた。

また、原告は、岡三証券においても、本件ワラント取引開始前に新日鉄ワラントの取引(平成元年三月三〇日に代金三〇三万八二六二円で購入、同年四月四日に金三一四万九八一四円で売却、金一一万一五五二円の利益)、第一製薬ワラントの購入(同年四月五日及び翌六日に代金合計金三三九万八三一二円で購入)、ダイセル化学ワラントの取引(同月一一日に代金二三一万三四八一円で購入、同月一八日に金二四七万二五八四円で売却、金一五万九一〇三円の利益)、ウシオ電機ワラントの購入(同月一九日に代金一六四万八七五〇円で購入)及びブリジストンワラントの取引(同日代金二三九万〇六八七円で購入、翌二〇日金二五〇万九八六八円で売却、金一一万九一八一円の利益)を経験していた。

(二) 本件ワラントの取引経過

(1) 原告は、平成元年四月二〇日の昼ころ、被告神戸支店を訪れ、Cと面談して、他の会社でワラント取引を行っていることを話し、被告においてもワラントを取り扱っているか否かを尋ねた。Cは、取り扱っている旨伝えるとともに、原告にワラント取引を勧め、ワラント一般についての説明を行った。

その際、Cは、原告からワラントの値動きが激しいこと、ワラントの値段がポイントで表示されることなどについて既に知っていると聞いたことから、原告がワラントについて相当な知識を有しているものと考え、ワラント一般については概括的な説明をするにとどまった。すなわち、Cは、ワラントの価格が基本的に株価と連動するが、その上下幅は株価より大きく、株式の購入代金より少額な資金で利益が上がることなどのワラントの有利性を中心に説明したが、ワラントが権利行使期間を経過すると無価値になることなどの危険性については、原告がその重大性を認識することができるように十分に説明することをしなかった。これに対し、原告もワラントがどのような危険性を有するかについて関心を持って注意深く聞くことはなく、また、特に質問をすることもなかった。

右説明の後、原告が「ウシオ電機ワラントはどうか。」と尋ねてきたので、Cは、会社四季報等の資料を示しつつウシオ電機の業績、株価、ワラントの価格等を伝えた上、有望である旨を説明し、D名義の関東天然瓦斯開発の株式を売却してその資金で右ワラントを購入することを勧めた。原告は、すぐには購入を決めず、「明日ウシオ電機の株価、ワラントの価格等を教えてほしい。」と言って帰った。

翌二一日、Cが原告に電話で右各情報を伝えたところ、原告は関東天然瓦斯開発の株式を売却し、ウシオ電機ワラントを金一八二万五三一二円(単価二七・五ポイント)でD名義の口座で購入した。

(2) その後も、原告は、被告神戸支店を週に二、三回訪れ、そのうち何回かはCに面談してウシオ電機ワラントの値動き等の話をしていたが、同年五月一六日にCに面談した際、再度ワラントを購入したい旨申し出た。Cが三菱電機の業績と株価の動きを説明し、三菱電機の株価が一時的に下がっていることから買い時であると判断して、三菱電機ワラントの購入を勧めたところ、原告はその日にD名義で右ワラントを代金七九万六九五〇円(単価二三ポイント)で購入した。

翌一七日、原告は、ウシオ電機ワラントを金二〇一万五七〇二円(単価三〇ポイント)で売却し、金一九万〇三九〇円の利益を得た。

(3) 被告では、平成元年五月ころ、今後ワラント取引を開始する顧客に対し、外国新株引受権証券(外貨建ワラント)取引説明書(乙一、以下「取引説明書」という。)を交付して外国新株引受権証券の取引に関する確認書(乙二、以下「確認書」という。)を徴求することが決定され、また、既にワラント取引を開始していた顧客に対しても速やかに取引説明書を交付して確認書を徴求することが決定された。

これを受けて、Cは、平成元年七月一五日、Dに対して取引説明書を交付し、同人が署名押印した確認書を受領した。右取引説明書には、ワラントの特徴と権利行使期間経過後はその価値を失うことなどのリスクが簡潔に分かりやすく、かつ、要点に下線付きで記載されている。また、右確認書の内容は二行のみで、「私は、貴社から受領した「外国新株引受権証券(外貨建ワラント)取引説明書」の内容を理解し、私の判断と責任において外国新株引受権の取引を行います。」と記載されている。しかし、Cは、Dに対して説明書を示しつつワラントの説明をすることはしなかった。

(4) 原告は、平成元年一二月一三日、被告神戸支店を訪れ、Cと面談してワラントを購入したい旨申し出、Cの勧めたトーア・スチールワラントを初めて原告名義で代金一〇一万四三〇〇円(単価二八ポイント)で購入した。原告は、平成元年一二月二〇日、被告神戸支店を訪れてCと面談し、トーア・スチールワラントの預り証を受領したほか、取引説明書を受領し、確認書に自ら署名押印してCに交付した。

Cは、右取引説明書に基づいて改めてワラントの説明をすることはなく、原告も受領した取引説明書を読むことはしなかった。

右トーア・スチールワラントの預り証には、商品名として「WRT」と、数量として「*5*」と、銘柄として「$WRTトーアスチール①」と記載されているほか、「権利行使期限 05・07・06」との記載があったが、権利行使価格については記載がなかった。

(5) その後、原告がワラントを購入した後にも、被告は原告に対し、預り証を交付していた。そのうち、ソニーワラントの預り証には、前記トーア・スチールワラントの預り証と異なり、商品名として「ワラント」と記載されていた。

原告は、ワラントに関しては、証券会社に対して本券の出庫を求めることはなく、預り証のまま家で保管していた。

(6) 三菱電機ワラントの価格は、購入後、横這いないし下降線をたどっていたが、原告は右のような価格の動向についてCから聞いて認識しており、Cに面談するたびに価格が回復するのかなどと質問していたが、Cは、いずれ値上がりするであろう旨助言していた。

一方、原告は、平成二年一月から五月にかけて、トーア・スチールワラント、合同製鉄ワラント①、ソニーワラントを売却し、それぞれについて約金五万円から約金二五万円の利益を得た。

(7) 株価は、全体として平成元年末に最高値を付け、平成二年に入ってからは下がり始めたが、Cは、このまま値下がりが続くことはなく、いずれ安定するであろうと考えており、原告もまたこれと同様に考えていた。

(8) 原告は、平成二年二月二七日に合同製鉄ワラント②を代金一一三万九一七五円(単価三〇・五ポイント)で購入した。その後、右ワラントの価格は下落し、同年四月には一〇ポイント余りになったが、その後価格は上昇を続け、同年九月には五〇ポイントを上回った。原告は、右ワラントの価格の情報を逐次入手していたが、右の時点では右ワラントを売却しなかった。

(9) Cは、平成二年五月に被告神戸支店から転勤することになり、原告に挨拶に行ったが、その際、原告は値下がりを続けているワラントについてCに対して苦情を述べた。

原告は、Cが転勤した後も週に二、三回被告神戸支店を訪れており、Cの後に原告の担当者となった女性従業員からワラントの価格などの情報を入手していた。

それ以降、三菱電機ワラント、ダイヘンワラント、合同製鉄ワラント②の価格は下降線をたどり続け、結局いずれのワラントも売却することができないまま権利行使期間が経過した。

(三) 他の証券会社とのワラント取引

(1) 原告は、大和証券において、昭和六一年四月一〇日から平成二年五月一五日までの間、合計二一銘柄のワラント取引を行い、金二一四万二五一〇円の利益を得た一方、金一一一八万九六四七円の損失を被り、結局金九〇四万七一三七円の取引差損を被った。

原告は、大和証券においてワラント取引を行っていた際にも、ワラントの取引説明書を受領し、確認書を提出していた。また、原告は、大和証券においてワラントを購入した数日後、大和証券から銘柄欄に「WR」の記載があり、権利行使最終日の記載がある預り証を受領していた。

(2) 原告は、岡三証券においても、平成元年三月三〇日から平成二年一月一一日のまで間、合計二八銘柄のワラント取引を行い、金一〇七九万〇四三五円の利益を得た一方、金三七二一万三五八六円の損失を被り、結局金二六四二万三一五一円の取引差損を被った。

原告は、岡三証券においてワラント取引を行っていた際にも、ワラントの取引説明書を受領し、確認書を提出していた。また、原告は、岡三証券においてワラントを購入した数日後、岡三証券から銘柄欄に「ワラント」との記載がある預り証を受領していた。

2  当事者の供述等について

(一) 原告は、平成四年に至るまで、被告から取引説明書を受領したことはなかったと供述する。

しかしながら、前記のとおり、Dは平成元年七月一五日付けで、原告は平成元年一二月二〇日付けで、それぞれ自ら署名押印をした確認書を被告に対して提出しているところ、右確認書には、前記のとおり二行しか記載がなく、その中で取引説明書を受領した旨が明確に記載されていることからすると、右確認書を提出した時点では、D及び原告は取引説明書の交付を受けていたと推認することができる。

よって、原告の右供述は、採用することができない。

(二) また、原告は、被告においてワラント取引を開始した際、Cからワラントの説明を受けたことはなく、本件ワラントはいずれも普通の株式であると聞かされていたのであり、平成四年に至るまでワラントという言葉を聞いたこともないと供述する。

しかしながら、(1) 前記のとおり、原告が週に二、三回被告神戸支店を訪れていたことなどからすると、原告が証券取引に対してかなり積極的な姿勢を有していたことが窺われ(原告は、被告神戸支店を訪れた際はカウンターにいる女性従業員と世間話をするだけで、証券取引の話は全くしなかったと供述するが、これに反する証人Cの供述に照らし、にわかに措信しがたい。)、全く説明を受けずに未知の商品であるワラントを購入するとは考えがたいこと、(2) 前記のとおり、原告は、昭和六三年から平成二年までの間に、被告において合計七銘柄のワラントの取引を行ったほか、大和証券において合計二一銘柄、岡三証券においても合計二八銘柄のワラントの取引を行っていること、(3) 前記のとおり、原告は、被告において最初にワラント取引を行った時点より後ではあるものの、平成元年一二月二〇日には被告からワラントに関する取引説明書の交付を受けていること、(4) それに先立つワラント取引においても、Cが原告に対してワラントであることの説明を全くしていないとは考えられず、これを秘匿して株式であると告げなければならない特段の理由は見当たらないこと、(5) 前記のとおり、被告においては、ワラントを購入すると預り証が交付されるが、ワラントの預り証には、「ワラント」又は「WRT」と記載されているのに対し、株式の預り証には「株式」、投資信託の預り証には「投信」と記載されていることやワラントの預り証には権利行使期限が記載されていること(甲A一~三、乙五九~六九)などからすると、その券面を見ればワラントを購入したことが容易に判別できると解されること、(6) 前記のとおり、原告は、通常の株式についてはほとんどの場合、預り証を受け取ると本券に換えていたが、ワラントについては預り証のまま保管し、本券の交付を求めなかったのであり、この事実からすると、原告は株式とワラントの区別を認識して取扱いを異にしていたものと考えられること、(7) 証人Cが原告に対してワラントに関する説明を行ったと明確に供述していることなどに照らして考えると、ワラントを株式と認識していた旨の原告の右供述は採用することができない。

(三) 他方、証人Cは、原告が被告において最初にワラント取引を申し出た際、ワラントの定義、値動きが激しいこと、プレミアムの内容、外貨建てワラントと国内ワラントの区別、相対取引であること、権利行使期間内に行使するか転売しなければ無価値になることなどにつき、それぞれ具体的、詳細に説明したと供述する。

しかしながら、本訴提起後に原告からCにかけた電話の内容が証拠として提出されているところ(甲A五)、証人Cが、右電話において、裁判が係属していることもあり、原告の主張すべてについて反論する気はなく、早く電話を切ることを考えて会話をしたと供述していることを考慮しても、右電話による会話の中で、原告がCに対し、再三「ワラントに関して説明を受けなかった。」と追及するのに対し、Cは、「十分説明をした。」と反論するのではなく、「詳しい説明とまではいかなかったが、うちが初めてではないと聞いたからだ。」という弁解を繰り返しているのであり、右証拠からすると、証人Cの供述から、直ちにワラント一般に関してCが前記供述のような詳細かつ具体的な説明を行ったとまで認めることはできず、原告の本件ワラントの取引状況、証拠(甲A五)並びに弁論の全趣旨を総合すると、ワラントが権利行使期間を経過すると無価値になることなどの危険性につき原告が理解できるよう十分に説明がなされていたか否かについては、極めて疑わしいというべきである。

四  本件具体的勧誘行為の違法性の有無(争点2)について

1  自己責任原則と証券会社の義務

(一) 証券取引は、本来危険を伴うものであって、証券会社が投資者に提供する情報も将来の経済情勢や政治状況等の不確定な要素を含み、予測や見通しの域を出ないのが実情であるから、投資者は、右のような情報を参考にしつつも自ら投資判断に必要な情報を収集し、自らの判断と責任において証券取引を行うのが原則であり、このことはワラント取引においても妥当する。

(二) しかしながら、証券会社は、公的な免許を受けて証券業を営む者であって、証券取引及び当該商品に関する高度の専門的知識、豊富な経験、証券発行会社の業績や財務状況等の情報、それらに基づく優れた分析、判断力を有するのみならず、政治、経済情勢等、あらゆる面において情報的優位にあり、それ故に多数の一般投資家は、証券会社の推奨、助言等にはそれなりの合理性があるものと信頼して証券市場に参加し、その信頼を保護することにより市場秩序が維持されているという現在の状況下では、前記ワラントの特質にかんがみ、証券会社は、具体的にワラント取引を勧誘するに際して、顧客がその危険性について的確な認識形成を行い自己の判断と責任で取引し得る状態を確保するための配慮義務を負うことがあり、これに反した勧誘行為は私法上違法と評価されることがあるというべきである。

2  適合性の原則違反の有無について

(一) 証券会社の情報的優位の状況における顧客の証券会社に対する信頼保護の要請のもと、証券取引法や公正慣習規則等が、証券会社に対し、顧客に対する投資勧誘に際しては、顧客の投資経験、意向及び資力等に最も適合した取引がなされるよう配慮することを要請していることからすると、証券会社又はその従業員が行った顧客への投資勧誘が、当該投資者の投資意向ないし目的に明らかに反し、投資経験、資産等に照らし明らかに過大な危険を伴う取引を積極的に勧誘したものである場合には、当該勧誘行為は私法上違法なものというべきである。

(二) 原告は、前記のとおり、昭和三八年ころから被告と、昭和四七年ころから大和証券と、昭和六〇年ころから岡三証券と証券取引を開始し、自己名義のほか一〇人近くの親族名義で株式、投資信託及び転換社債等の多くの証券取引を頻繁に行っていたこと、被告における昭和四〇年前後の信用取引を巡るトラブルにより、ハイリスク、ハイリターンな商品の危険性を十分理解していたこと、平成元年当時、被告会社に対して約金一億円、大和証券に対して約金二〇〇〇万円を預託していたこと、週に二、三回は被告神戸支店や大和証券神戸支店を訪れるなど、証券取引に対する積極的な姿勢が窺えることなどからして、Cの本件勧誘行為を、原告の投資意向ないし目的に反し、かつ、原告の投資経験、資産に照らして過大な危険を伴う取引への勧誘と評価することはできず、適合性の原則に反して違法であるということはできない。

3  説明義務違反の有無について

(一) 前記のとおり、ワラントは、比較的新しい金融商品で、その仕組みも複雑である上、ハイリスク、ハイリターンという特徴や権利行使期間経過後は無価値になるという危険性を有すること、証券会社の情報的優位の状況における顧客の証券会社に対する信頼保護の要請のもと、公正慣習規則等の日本証券業協会の自主規制においても、証券会社がワラント取引をする際には、顧客に対して予め説明書を交付し、取引内容や危険性について十分説明し、自己の判断と責任において当該取引を行う旨を理解させ、確認を得るように要請されていることからすると、顧客が的確な認識形成をした上で投資決定するための前提として、証券会社あるいはその従業員は、ワラント取引に際し、顧客の年齢、職業、投資経験、能力、資産状況等に応じて、ワラントの特徴、仕組み及び危険性についての説明をする義務の生ずる場合があるというべきであり、これに違反する勧誘行為は私法上違法となるというべきである。

(二) 原告は、長年専業主婦として生活してきたものであり、本件ワラント取引当時七七、八歳と高齢であったのであるから、Cは、前項で述べたような危険性を有するワラント取引に原告を勧誘する際には特に念入りな説明をする必要があったというべきであり、原告が既にワラントに関してある程度の知識を有していることを知ったとしても、原告が被告においてワラント取引を開始するに際しては、ワラントについて自ら投資決定をしうる程度の認識を有しているか否かを確かめ、それが十分でないことが窺える場合には、改めてワラントについて説明する必要があったというべきである。

したがって、Cとしては、原告が本件ワラント取引を開始するに際し、ワラントの価格は株価と連動するが株価の数倍の値動きをすること及び権利行使期間経過後は無価値になることの二点を中心に、ワラントの仕組み、特徴、危険性等について、原告が相応な認識を有しているか否かを確かめた上、それが十分でない場合には、理解できるように改めて詳細かつ具体的に説明する必要があったというべきである。

しかしながら、前記認定のとおり、Cは、本件ワラント取引に際し、原告が他社において既にワラント取引を行っており、ワラントについてある程度の知識を有している様子が窺えたことから、原告が十分な知識を有していると軽信し、ワラントの価格が基本的に株価と連動すること等については概括的に説明したものの、権利行使期間後は無価値になることなどの危険性について原告が認識できる程度に十分に説明することなく、また、ワラントについての説明をした後においても、原告の理解に疑問を抱いた場合には、さらに理解を得るように説明すべきであったのに、それ以上の説明を行わず、この説明不足のために原告は、ワラントの危険性を十分に理解できないままに本件ワラント取引を開始するに至ったと解すべきである。

4  以上によれば、Cは、原告に本件ワラントを勧誘するに当たって、証券会社の従業員として尽くすべき説明義務に違反したというべきであり、右勧誘行為は不法行為を構成するというべきである。

したがって、原告の主張するその余の違反行為を論ずるまでもなく(なお、前記認定したところによれば、Cは原告に対して個別のワラントについて適宜情報提供を行っていたことが認められるし、個別のワラントの売買に際してのCの助言が明らかに適切でなかったことを裏付ける証拠はない。)、Cの本件ワラント取引の勧誘行為は不法行為を構成するものであり、被告は、民法七一五条一項、七〇九条に基づき、右不法行為により原告に生じた損害を賠償する責任を負う。

五  原告の損害(争点3)について

1  損害額の基礎

前記のとおり、原告と被告との間の一連のワラント取引である本件ワラント取引について、各ワラントの購入時に原告が支払った代金の合計額から、ウシオ電機ワラント、トーア・スチールワラント、合同製鉄ワラント①及びソニーワラントの売却時に原告が受領した代金の合計額を差し引くと金二三六万〇六四四円となり、原告は、被告の前記不法行為により右同額の損害を被ったと認められる。

2  過失相殺

(一) 前述のとおり、Cの勧誘行為は、権利行使期間経過後は無価値になるという重要事項の説明が不十分である点において違法なものではあるが、他方、Cがことさらに欺罔的手法や断定的判断の提供等を用いたとは認められないこと、右権利行使期間経過後は無価値になるという点を除いて口頭で相当程度の説明をしていること、本件ワラント取引の早期の段階で取引説明書を交付して原告が自ら検討する機会を与えていたことなどを考慮すれば、その過失ないし違法性の程度はさほど大きくはなかったものというべきである。

(二) 原告の過失及びその程度

本件ワラント取引についても自己責任原則が妥当するところ、(1) 原告は、本件ワラント取引を開始するに際し、Cから不十分であったとはいえ、ワラントが株式よりはハイリスク、ハイリターンな商品であることなどについて告げられていたのであるから、ワラントの危険性について関心を持ち、適宜質問をしたり、他の方法で調査するなどすべきであったのに、漫然とこれを怠ったこと、(2) 原告は、本件ワラント取引開始後ではあるが、Cから、権利行使期間経過後は無価値になることなどのワラントの特徴、危険性について分かりやすく記載してある取引説明書を受領したのに、その内容を検討することなく放置したこと、(3) 原告は、本件ワラントの購入後、各ワラントについて権利行使期限が記載された預り証を受け取ったのであるから、権利行使期限の存在を認識することはできたはずであり、その意味をCに質問するなどすべきであったのに、記載内容を検討することなく放置したこと、(4) 原告は、被告以外の証券会社でも相当回数のワラント取引を行っており、その過程でも取引説明書や預り証の交付を受けていたが、これらの記載内容を検討することなく放置したことが認められる。

そして、原告の右各過失行為の内容に加え、原告は、前示のとおり昭和三八年以来の長年かつ多数回の証券取引経験から相応の知識、能力を有し、昭和四〇年前後には信用取引を巡るトラブルによりハイリスク、ハイリターンな商品の危険性を認識していた上、昭和六二年から平成二年までの四年間に被告を含む証券会社三社において合計金九億円を上回る株式、投資信託、転換社債及びワラントを購入し、週に二、三回は大和証券神戸支店や被告神戸支店を訪れて証券取引に関する情報を入手するなど積極的に証券取引を行っていたことが認められるのであるから、原告としては、わずかの注意、努力を払うことにより容易にワラントの危険性の大きさを知ることができ、それにより本件損害の発生の防止又は本件損害の拡大の回避が可能であったと認めるのが相当であるから、その過失の程度は大きいものというべきである。

(三) 前記(第三の三)において認定した事実のほかに、右認定の諸事情(Cの過失が大きいものでない反面、右損害の発生、拡大につき原告にも相当程度の過失があったこと)をも考慮すると、過失相殺として、原告の右損害のうち八割程度を減ずるのが相当である。

3  よって、被告が原告に対して賠償すべき損害額は、金四七万円とするのが相当である。

六  結語

よって、原告の請求は金四七万円及びこれに対する不法行為後である平成五年三月二四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容することとし、その余の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法六一条、六四条本文を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松村雅司 裁判官 宮﨑朋紀 裁判官徳田園恵は転勤のため署名押印することができない。裁判長裁判官 松村雅司)

〈以下省略〉

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